生け簀
第64回は、生け簀のお話です。
隆兵そばがある京都・桂は、月の名所として有名ですが、昔から良質な井戸水が出る地域でもあります。
開店以来ずっと、私たちは愛宕山水系の伏流水と言われているこの井戸水の恩恵を受けて参りました。
愛宕山とその周囲の山々は、古くは仕上げ砥石の産地でもあり、その品質の高さで有名でした。最高級の天然仕上げ砥石になるほどきめの細かい岩肌を何十年何百年もかけ濾過されてきた水は、とてもやわらかく澄みわたっています。
出汁を引く水、野菜や魚を洗う水、そして、おそばを打ったり茹でたりする水として、この豊富な井戸水は欠かせません。
2年ほど前に、主人が唐突に「海のもんはやめる。これからは川魚を出すことに決めた」と言うやいなや、あちらこちらに電話をかけ始めました。 すぐに工事関係者の方々がお見えになったと思うと、敷地内に小屋を建て始め、数日後にはそこに大きな特注の生け簀が納入されて、あっという間に生け簀小屋が完成していました。
主人曰はく、開店よりずっと井戸水を使い料理をしてきたけれど、魚に関しては海のものだったので井戸水を活かす機会がなかった、と。これからは、川魚を使い、しかも井戸水の生け簀で魚を泳がせることにより、完全に、この地でしか出来ない料理になる、ということでした。
主となるのは鯉と鰻で、夏場は鮎も泳がせます。
生け簀には仕切りが入るように設計されておりますので、それぞれの魚がそれぞれの場所で泳ぐことが出来ます。
この生け簀には注水口と排水口が設置されてあり、常に新しい水が入っては出て行くという、温泉で言えば「かけ流し」の贅沢な生け簀です。
そんな仕組ですので水が汚れることは無いのですが、週に一度その生け簀を必ず徹底的に掃除をしているそうです。
まず、一時的に魚を別の場所へ移動させます。
そして、生け簀の水を全て抜き、空になった生け簀をブラシでこすり、きれいに拭き上げてから、また新しい水を入れ魚も生け簀へ戻します。
「水のあまさを魚に移す」という感覚らしいのですが、そこまでやる必要があるのか不思議に思って主人に聞いてみました。
ある日、どうしても間に合わず、納品された鯉を生け簀で泳がせる前に、さばいたらしいのです。もちろん、山の水で育てられた質の良い鯉を仕入れておりますので、仕入れたままの状態でも臭みはなく本当に美味しいのですが、いままでのようなあまさが出ていなかったらしいのです。
ところが、その日に納品された同じサイズの鯉を、いつものように生け簀で泳がせてから翌日にさばいたところ、非常にあまくなっていて、本人が一番驚いたのと同時に、この地の井戸水の良さをあらためて実感したらしいのです。
料理は最終的にはお客様、そして、食材に対しての思いをどれだけ徹底的に持つかということに尽きる気がすると主人は申しております。
そして、それを「実行」すること。
真夏も真冬も生け簀の掃除を欠かさないこと。
日々、水への感謝を忘れない為に、生け簀小屋には水の神様をお祀りしており、主人の仕事は、毎朝欠かさず小浜の老師様から頂いたお観音様の像と、その水の神様に御供えをして手を合わせることから始まります。
「水澄む」とは、秋の季語です。「秋の水」もまた同様に秋の季語であり、秋の水は透明で美しく、その曇りのないさまは研ぎ澄ました刀の譬えにも用いられるそうです。
これからも、自然の恵みである井戸水のように透きとおった美味しい仕事が出来るよう、益々精進していきたいと思います。